当直をやめた日のことを想像する    お金が自由をどう変えるか

当直をやめた日のことを想像する    お金が自由をどう変えるか

想像してみたことがあります。

最後の当直を終えて、ロッカーで白衣を脱ぐ日のことを。

廊下の蛍光灯の色。消毒液とコーヒーが混ざったにおい。夜明け前の病院の静けさ。そういう細部まで、なぜかリアルに浮かんできます。

そのとき、どんな気持ちでいるだろうか。

解放感? 達成感? 寂しさ?

正直、今の自分にはまだわかりません。

でも一つだけ確かなことがある。その選択が「自分で選んだ結果」であってほしい、ということです。

お金がない状態で当直をやめることと、お金がある状態でやめることは、まったく別の体験です。

前者は「もう限界だから逃げた」という感覚に近い。後者は「やり切ったから次に行く」という感覚になれる。同じ行動でも、内側がまったく違う。

これを読んでいる人の中には、「早く当直から抜け出したい」と思っている人もいるかもしれません。私もそう思っていた時期がありました。

ただ、「逃げるためのお金」と「選ぶためのお金」は、目的が違います。

資産が積み上がるにつれて、当直に対する感覚が変わりました。

以前は「入らないといけないから入る」。今は「この患者には自分が必要だから入る」。義務から意思へ。同じ夜勤室、同じ手術室、同じ緊張感。でも、立っている場所が変わった気がします。

お金の余裕が、仕事の意味を変えてくれた。

当直をやめる日を「ゴール」だと思っていた時期がありました。

でも今は、ゴールじゃないと思っています。当直をやめても続けても、どちらでも自分が選んだならそれでいい。目指しているのは「やめられる状態」であって、「やめること」ではない。

その違いは、小さいようで大きい。

整形外傷外科医として、四肢骨折、骨盤骨折、指の再接着手術をやり続けています。これをいつまで続けるかは、まだわかりません。

でも、「続けるかどうか」を自分で決められる状態でいたい。

その状態を作るために、お金を積み上げてきました。リタイアするためじゃない。選択肢を手放さないために。

当直をやめた日のことを、また想像してみます。

ロッカーで白衣を脱いで、外に出る。朝の空気が冷たい。

そのとき私は、「次はどうしようか」と考えているはずです。

怖くも、悔しくもなく。ただ、次を考えている。

それが、お金の自由が変えてくれる景色だと思っています。

著者:ku-man(整形外科外傷外科医・個人投資家)本記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資に関する最終的な判断はご自身の責任で行っていただき、本記事内容に基づく損失について当サイトは一切の責任を負いません。

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